sponsoredlinks

古都アユタヤ/タイ王国の世界遺産

タイ王国の世界遺産の中から古都アユタヤについての紹介ですタイ王国旅行のときには古都アユタヤへ是非行ってみたいものです。近くに格安の海外高級ホテルがあればいいのですが、そんな時は、海外セレブ御用達の近畿日本ツーリストメイトで、海外ホテル予約は簡単ですリッツカールトンやブルガリホテル、海外でレンタカー借りるのも便利です。海外旅行でのアメリカンエクスプレスカードクレジットカードや、海外ホテル予約の後もサービスデスクも親切丁寧。まだまだ沢山ある世界遺産の海外旅行、海外セレブへの夢は膨らんでいます。

古都アユタヤ
Historic City of Ayutthaya
所在国:タイ王国
世界遺産登録年:1991年
世界遺産の種類:文化遺産

世界文化遺産の古都アユタヤは、タイの首都バンコクから、車で約1時間、3つの川の合流地点にあります。14世紀から18世紀までの約400年もの間、貿易を中心に栄えた、アユタヤ王朝は、北にスコータイ、東にクメール、南にマラッカ王国、西にビルマと、四方を強国に囲まれていましたが、1362年、クメール王朝のアンコールを攻めて領土を広げると、1438年にはスコータイを吸収し、東南アジア最大の国家となりました。最盛期には、3つの宮殿、100の門、400の寺院、1万体の仏像を要したという古都アユタヤ。アユタヤはヒンドゥー教の影響を受けたクメールを真似て、王自ら神の化身を名乗り、独裁的で厳粛な法や罰を適用して国を引き締めました。建築様式もその影響を受けて、仏像ひとつとっても形は数パターンに決められており、豪華絢爛かつ厳格な美術様式で国民を圧倒したのです。ちなみに現在バンコクで見られる王宮などはこのアユタヤの豪華絢爛を再現したもので、アユタヤはスコータイとともにタイ美術の基礎を磨き上げました。16世紀になるとポルトガルやスペイン、オランダ、イギリスらと通商条約を結び、アユタヤ王朝は「シャム」と呼ばれ、世界規模の貿易によって大繁栄しました。アユタヤ王朝と聞いてもピンと来なかった人も、「シャム」や「山田長政」「日本人町」と聞くと、イメージがつかめるのではないでしょうか?山田長政が朱印船でこの国に来たのが1612年で、やがて日本人傭兵隊長となり、日本人町の頭領となったことは有名です。(小学校の教科書に載っていましたね)アジア各国が次々と植民地化されるなか、アユタヤは欧米列強との巧みな外交政策を通して独立を貫き通しましたが、1767年、ビルマ・コンパウン朝のシンビューシンによって陥落し、400年に及ぶ王朝は幕を下ろしたのです。 
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。