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キト市街/エクアドルの世界遺産

エクアドルの世界遺産の中からキト市街についての紹介ですエクアドル旅行のときにはキト市街へ是非行ってみたいものです。近くに格安の海外高級ホテルがあればいいのですが、そんな時は、海外セレブ御用達の近畿日本ツーリストメイトで、海外ホテル予約は簡単ですリッツカールトンやブルガリホテル、海外でレンタカー借りるのも便利です。海外旅行でのアメリカンエクスプレスカードクレジットカードや、海外ホテル予約の後もサービスデスクも親切丁寧。まだまだ沢山ある世界遺産の海外旅行、海外セレブへの夢は膨らんでいます。

キト市街
City of Quito
所在国:エクアドル
世界遺産登録:1978年
世界遺産の種類:文化遺産

キト市街とは、エクアドル共和国の首都に広がる市街のことで、グアヤキルに次いで人口の多い都市です。位置的には、赤道直下にあるが、アンデス山脈の中腹(標高2850メートル)にあるため比較的涼しい気候です。キト市街の発祥は紀元1000年以前で、当時、この一帯は遊牧民たちの遊牧する土地でしたが、その後今のキトの位置に市が開かれました。15世紀末にはインカ帝国の支配下に置かれました。11代インカ皇帝ワイナ・カパックの母親がキトの出身だったので、帝国の第二の首都として整備されたのです。第一の首都であるクスコからキトまでは、インカ道が通されました。 しかしその後、帝国ではクスコ派とキト派との対立が深まり、ワイナ・カパックの死後、帝国は2人の息子により分けられました。その後起こった内戦などでキトはスペインに破壊されてしまいます。1534年、フランシスコ・ピサロがキトへの殖民を開始し、街は「サン・フランシスコ・デ・キト」と名づけられました。その後300年にわたり、キトはスペインの植民地として支配されたのです。1800年代に入ると、スペインからの独立の気運が高まりましたが、1810年にリマから派遣されたスペイン軍により鎮圧されてしまいます。 ですが、その後、救援に来たアントニオ・ホセ・デ・スクレが1822年にスペイン軍にピチンチャの戦いで勝利したことで、スペインからの独立を勝ち取り、大コロンビアの一部となりました。1830年には独立し、キトはエクアドルの首都となったのです。
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